2009年6月16日火曜日

行ってきます。

というわけで、

24日からカナダはヴィクトリアです。

う〜ん。
色んなことが整理出来てないけど、
今から頑張って整理します。

唯一の懸念事項は

英語。

うん、やっぱり不安だ。

行く前と行った後、報告します。

2009年6月5日金曜日

僕らはみんな生きている〜










生物と無生物のあいだ
福岡伸一

生物とは何か?
筆者はまず生物とは自己複製を繰り返すものであるという、生物学で一般的に与えられている定義を生物に対して与えるところからこの物語を始める。

最終的に筆者が行き着く生物の定義はしかしながら、始めのものとはかなり異なる。というのも、筆者は自分自身の実験経験、それはマウスを使った膵臓の中で消化酵素を創り出す細胞に関わるものであるのだが、を通して生物の一回性というものに行き着くからである。

生物とは不可逆な時間の流れの中に自己複製を行うものであるというのが筆者の主張である。自己複製を繰り返すだけでは、生物の定義として十分ではないのである。

物語の最後で、筆者が生物と機械を比べる。
テレビの中のあるトランジスタをはずしてみたら、音声が聞こえなくなった。これは用意に想像出来る原因と結果の関係である。
生物(この物語の中ではマウス)の場合これと同じことが観察出来るだろうか?
つまり、生物の中にあるある特定の働きをすると考えられている細胞を遺伝子操作で完全に破壊してしまう。これをノックアウトという。そういえば一時期、ノックアウトメダカというのが紙面をにぎわせたことがあった気がする。
仮にその細胞が体の中から老廃物を吐き出すのに必要不可欠と考えられる細胞だったとしよう。であるならばこのノックアウトによって生まれたマウスは、理論上は老廃物を体外に排泄することが出来ずに、死に至るはずである。

しかしながら、実験ではそうならなかった。何故か?
筆者はその理由を、生物というものの定義へと導いて行く。
ノックアウトマウスの中で起こったことは、一回性の生物の時間の流れの中で、その失われた細胞の役割を代替する細胞が生成されたということだったのである。(間違ってないよね?)

本来なければならない細胞。しかし生物の神秘は、その細胞を不可逆な時間の中で埋め合わせてしまったのである。

長々と文章を書いて来たが、要するに生物とは単に自己複製を繰り返すという定義だけでは表現出来ない、複雑系であるということだ。自己複製に更に、時間の一回性というものが追加されて初めて生物が生物たる。

この本の細かいところは分からなかった。
細胞の話しとか、DNAのオハナシとか……
そんな世界に入ってしまった時にはちょっと……どころか大分頭が混乱してしまった。

だけど、読了した今、何故か厳かな気持ちになっている。
マウスを多用する生物学という学問分野に、「命を軽んじる!」というような単純な批判は出来ない。
こうした実験の繰り返しが、生命の神秘を一つずつ解明し、やがては多くの生命を救うことになるのだろう。
しかしながら同時に、命を複製可能なものであるとする間違った解釈に導く場合もあるのだろう。

話しが逸れてしまったけど、この本を読んで自分が生きてることの不思議を思わずにはいられなかった。
数々の軌跡(必然?)の結果として一人の人間がこの世の中に存在しているのだ。

なんか………死にたいとかって思ってる人にこの本読んでもらいたいかも。

雑感でした。

ってか今日思った。
改めて。
俺の周りすごい人ばっかりじゃん。
なんだこれ。
なんだこの幸せ。

2009年5月8日金曜日

地方分権

ゼミの発表が迫って来ている。
文献を読む努力はしているのだけれど、絶対的に時間が足りないな…

最近ではかなり自分の研究に疑問を持ち始めている。
だがしかし…自分自身の研究がどんなものであるか?をしっかりと見極めれもしない(今の勉強量では絶対に無理)状況で、早急に答えを出すことには疑問を感じる。
もしかすると諦めきれない俺の悪い癖?

政治学という学問をやっていると、往々にして規範論をかましたくなる。
「○○はかくあるべき!」という感じに。

でも俺がやってるのは…
「○○は△△です!」
「なぜなら、□□という現象が観察出来るからです!」
という自然科学を社会に応用した社会科学の方法論を用いるものだから。

俺の頭は元来、
「地方分権は自生的秩序を形成する制度的枠組みとして必要である」
「よって地方分権すべき!」
というような思考をたどる。

ただ自分の中で
「地方=?」という状況で…
どこまでを地方と言い、どのような権限がその”地方”に付与されているべきであるのか?というような事柄に関しては全く答えが出ていない。

ほら…また〜べき論が出てる。

今俺は、「特例条例」なるもの
(都道府県から市町村への権限委譲の一種の方法)
を糸口に地方分権の実態に迫ろうとしている。

問題は、「特例条例」なるものが一体全体何であるのか?
というところが、なかなかはっきりしてこないということ。

これは問題である。

糸口にしたいと思っている事象が理解出来ない。
これは単純に知識不足なんだけど…
「特例条例」なるものがあまりにもテクニカルな話しすぎることも影響してるんだけど。

話しが逸れたけど…
つまり、今の自分は社会はこうあるべきではないか?
ということを思索する勉強をしているわけではなく、
社会は実際今どうなっていて、
その状況を創り出しているのはどんな要因によるのか?
ということを探っているわけである。

もちろん実社会には必要不可欠であり、考える意味の十二分にある事柄である。
でも、あまりにもテクニカルな議論に拘泥してしまい、
自分が将来的に実現したい、「地方を元気に」した先にある社会像を描くことに、今の勉強がどう影響するのか?が最近自分の中で整理出来なくなってきてしまっていることが問題なのだ。

それは本当に最近強く感じ始めている。
いくら数量的なデータを集めてみたところで、
いくら新聞の切り抜きを集めてみたところで、
自分の実現したいことに近づいている!という実感なしには、
勉強という営みは俺にはしんどいものだ。

かといって…何を勉強すれば将来につながるか…
わかんない!

ってことで、とりあえず今は、今やってることをしっかり人に説明出来る程度には勉強してやろう。
そっから見えてくる世界が絶対にあるはずだ。

待ってろよ!地方分権!

2009年4月21日火曜日

ついつい…

図書館で笑顔になっちゃいました。

いえ、違います。
変態ではありません。

http://kakula.jp/homeSalon/


…と思ったら、さすがFじたん。
もうすでに紹介してたんだ☆

最近は就活も落ち着いて、少し勉強モード。
今日のゼミでは、発表をしたゼミ生が指導教官から集中砲火を浴びていた…

俺の発表は1ヶ月後。
さぁ気合いを入れて、勉強勉強。

地方分権に新しい地平を!!

2009年4月10日金曜日

言葉たち

最近、色んなところで色んなことばに出会う。
多分俺にとって、今後の人生で非常に大事になるであろう言葉たち。

やっとそんな言葉たちを自分の体験と比較して考えられるようになってきた。

少し最近の言葉たちを紹介しよう。

S先輩
・ヴィジョン、ミッションがない状態でものごとを始めることは出来るだろう。でもその状態でやったこと(サミット)が引き起こしたものはしっかりと見つめ直せ。それは、+の面だけではなく、マイナスの面も。

Nくん
・やりたいことをやればいいんだって。
・お金じゃないと思う。
・今の俺には実力がない。
・主体性が出て来たってことやね。

Hさん
・時間は戻らない、前にしか進まない。
・簡単な言葉で物事を説明出来ない人は、本当にそれを理解はしていない。
・考える癖をつけなさい。
・異邦人の感覚を持ち続けよう。

Mさん
・水風呂に入ると体がぽかぽかしてくるやろ!

親父
・観念論の世界では生きられない。
・子どもの多様性をそのまま活かせる、伸ばせる教育であるべき

W先輩
・俺に返さなくていいから、俺がやってあげたこと、やってあげてることを後輩にやってあげて。
・受かる気しかせーへんな!
・ものごとを一つの視点から見てみると面白い。俺の場合は、「値段」っていう側面かな…

N社長(ある人材ヴェンチャー)
・理想論だけだと、現実の壁に押しつぶされるよ!
・もしかしたら、松田くんが日本にとって本当にかけがえのない存在になるのかもしれないね。でも今のままでは無理だよ。

Sママ
・自分の子どもには生きる術を身につけて欲しい。

T種苗/面接官
・君は僕の一歩先を行ってるね。
・良い営業マンになるよ。

それぞれに色んな背景があって、それぞれに色んな意味のある言葉だと思う。
それだけに俺にとっては、これからも非常に大事な言葉の一つ一つ。

あなたにとってそんな、「大切なことば」ってありますか?

2009年4月6日月曜日

弱さ

4月に入って…
なにくそと思う程忙し…
くなるとは思ってなかったけど、予想通り。

でも、今までの自分は「就活」に対して本気ではなかった。
今の自分は自分の出来る範囲でかなり本気だ。
4月に入ってからスイッチが入る…
遅すぎるかもしれない。でも自分のスイッチを切ってしまっていたあの日から、そのスイッチに再度エネルギーが貯まるまでこれだけの年月を要したのだ。

自分から逃げていた日々は、そう悪くはなかった。
だって楽だから。何からも追われていないし、何からも責められることはない。思う様に自分のやりたいこと(少なくともやりたいと思い込んでいること)をやっていればいいだけだから。

まぁ世の中で仕事をして、何かしら実現したいと思うこと。
その想いだけはずっと持ち続けていた。夢は語り続けて来た。
でもそれを行動にするエネルギーはどれだけ頑張ってみても、ガス欠だった。ぷすぷすと音を立てるだけだった。

だって自分に自信がないから。
だって自分を偽ってるから。
だって自分が信じてないことを信じてるから。

夢は変わらない。それを実現する手段も変わらない。
でもその道のりは劇的に変えて行かないと、若さに甘えた再出発さえ、そのチャンスが巡ってきそうにない。

自分にとって夢を実現するための手段とは…
今までは、何かしらどうにかすれば乗り越えられるもの。
でも今は違う。
何が何でも乗り越えるもの。
少し人より多く寝たって、その分残された時間で質を求めれば良い。
少し人に信念を批判されたって、信じ抜けば良い。
少し人より出来ないことがあたって、それこそを強みにして行けば良い。だって出来ないってことは、チームになる意味があるんだから。

完成された人間になんて一生なれないし、なりたくもない。
完成していないから、誰かに支えて欲しいし、誰かの優しさを求める。
俺のものごとへのこだわり方は、そうなのだ。

見る人が見れば甘え以外の何者でもないかもしれない。
でも、絶対に結果を残してみせる。結果って何か?
俺は定量化出来るものを求めるか?そんなことはない。
定量化出来なくたって、価値あるものはいくらでもこの世の中に存在する。

まだまだ整理して何かを語るって手法は俺には無理みたい。
とりあえず溢れてくる言葉を、そのまま綴る感じ。
読みにくいなぁ〜。そのうちもっと上手い文書書きます。
人に見られていることを前提として。

さて、明日は初めて3社の選考がかぶる。
結構気合い入れて行かんと余裕で落とされてしまうぞよ。
まだまだ中途半端な企業研究。そりゃそうだ、皆が頑張ってる時にOB訪問なんかもずに充電してたんだから。

2009年4月1日水曜日

さぁ…

そろそろ色々なことに白黒つけなければならない時が来たようだ。

就職も、とりあえず内定をもらうというような態度では、今後ますます厳しくなる。
『絶対内定』に触発されたと言うのは、個人的にはすごく悔しいのだけれど、実際そうであるからどうしようもない。

今まで自分は、自分の睡眠時間を削ってまで、企業研究をするということはなかった。
何故か?
多分入れると思ってた。そんなに就職は甘くないと口では分かっていながら、でもいつも通り、頭では割り切っていた。

だって今まで「どうにか」ならなかったことはないのだから。
でも思い返してみれば、サミットはどうにもならなかったはずだ。
他人の力を借りて、どうにかなった…そんなことを言える程俺自身としてはどうにもなっていないだろう。

Chantalからメールが来た。すぐに返した。
こんなにすてきなHPを作る彼女らに対して、自分が何もしないなんて選択肢はない。去年彼女らにどれだけ支えられたか…忘れられる範囲の助けられ方ではなかった。
考えられない程議論を丸投げして、途中からは向こうが提案してくれることを期待しながらの作業だった。
それに、国内の業務も一人の人間に完全に任せてしまった。自分たちは「就職活動」という錦の御旗を武器に、面倒な作業から逃げた。

俺は、今まで自分を責めて生きて来た気がする。
失敗したんじゃないか?責任を果たせなかったんじゃないか?努力しきれなかったんじゃないか?

でも、それで精神を病んだこともなければ、もちろん食べ物が喉を通らなくなったこともない。それだけ、最後の部分では逃げるすべを心得ている。
いつそんな処世術を身につけたのかはわからないけど、でも確実にそんな方法が身に付いていた。

さぁ…今が変わる時なんだろう。
さぁ…一歩踏み出そう。
さぁ…違う景色を見に行こう。
さぁ…
さぁ…

新しい季節が始まる。新しい出会いが始まる。
新しい自分になる気はないけど、今までの自分を認めるためにも、妥協のない生き方をしよう。

エイプリールフールにならないようにブログで決意表明。

ん〜
思い返したら、ブログでは自分のことしか書いてないな。
次のトピックは違う人のことを書こう。
うん決めた。

埴谷雄高のことでも書きたいけど、またそれは後で。